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ホーム > モノ作りの現場から > agari 東山風 #015




突然ですが、先日、「やかん」を衝動買いしてしまいました。

やかんを衝動買いするなんて、どこの主婦だよ。と思うかもしれませんが、
僕にしてみると、15年間使い続けたなんの変哲もない先代の「やかん」が
焦げ過ぎで癌をもたらすんじゃないかと心配になってから早5年、
事あるごとに「やかん」を物色していたわけです。

でも「やかん」って、自分なりにピンとくるものを探そうとするとなかなかムズカしい。
注ぎ口になぜか鳥が留まっているイタリアモノだったり、
「おしゃれな家に住んでます」的なものはなんだか身分不相応だし、
かといって鉄瓶っていうのもなんだし、だから柳さんっていうのも悔しいし・・・
と考えていくと自分的にはなかなかない訳です。

で、出会ったのがこの「工房アイザワ」のステンレス製のやかん。
でっぷりした胴体、コーヒーをドリップするのに最適な細く伸びた注ぎ口。
長く付き合うならコイツ、と思わせる柴犬のようななんとも不思議な存在感がある。
「日本でこの形を作ってるんだ…」と住所を見ると、出ました!“新潟県燕市”。
今年さんざんメディアで話題になったiPodの裏側ですよ。
「研磨加減はお任せで」とアップル社から信頼され、田んぼの中の5人だけの会社「小林研業」が、
世界中で売られているiPodのステンレス部を磨きまくっている、あの燕市!
わが家で使っている「カイ・ボイスン」のカトラリー(「デンマーク王室御用達」とあった)も、実は燕市製。
いつのまにか燕市はうちにも王室にも忍び寄っていたのです。












世界中の注目を集める新潟県燕市は、
カトラリーをはじめとした洋食器の加工や磨き技術で
90年の歴史をもつ町。
江戸時代初期、水害に悩む農村の副業として始められた
和釘の製造技術の導入に端を発する。
大正時代にキセルなど和製金属生産を経て、
洋食器産地へと転身。
戦時中は軍需産業に転換を余儀なくされますが、
戦後、燕洋食器は進駐軍の注文を受けることで復活し、
ステンレス洋食器の大量生産にも成功しました。
そして現在はステンレスやチタンはもちろん、
マグネシウム合金の加工といった新製品、
新分野開拓に意欲的に取り組んだ結果、
あのiPodの「磨き」技術で名声を轟かせることになるわけです。

でも、燕市の凄さは技術だけではなく、
ネットワークを作って広く情報を発信し、
さらに若い世代を育てるといった
地域産業全体を見据えたその取り組みにあると思います。
「磨き屋シンジケート」と銘打って
“金属研磨のスペシャリスト集団”を立ち上げて
研磨の相談窓口を作ったり
(「1個から100万個、数百円から数億円」って書いてあった。凄すぎる)、
フリーターや学生を対象に「職人塾」を開催して
実際に職人体験をさせたりしているらしい。
この「職人塾」の合言葉は「世界が認める職人になろう」。
「世界」と謳うその気概がスバラシイじゃないですか。

実際には、この「磨き」業界も例に漏れず、
人件費の安い海外への仕事の発注が増え、
だんだん技術が廃れて来ているという現実があります。
でも、世の中には二通りの人々がいる気がするんです。
以前を懐かしんで困難の時代への変化を悲観するタイプと、
「なぜ今こうなっているんだろう?」と思考して新たな課題を自分に課すことができるタイプ。

新たな「状況」の創造を含めてモノづくりに取り組んでいくような、
燕市の人々の努力を自分も見習わねばと、
「やかん」を使うたびに思ったりして。



東山風 (1971生)
鉄をあつかう技術を幅広く持つ工房で修行。
その後、家具メーカーの企画開発部で試作・特注製作を担当する。
2002年に独立し、個人邸や店舗の金属を使った家具・什器を製作しています。



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